荷物が生む“見えない分断”──オーバーツーリズムの現場で起きていること
観光地でスーツケースを引く旅行者の姿は、もはや日本の日常風景になりました。 駅、商店街、寺社の参道、細い路地。 そこかしこで、荷物とともに旅人が行き交っています。
しかし、その風景の裏側で、 静かに生まれている分断があることは、旅行者にはあまり伝えられていません。
「旅行者」と「生活者」の距離
オーバーツーリズムという言葉は、
人が多すぎる状態として語られがちです。けれど、実際の現場では、問題は単純な人数の話ではありません。
すれ違えない歩道、立ち止まれない改札前、店の前に置かれたままの大きな荷物。
それらはすべて、 旅の動線と暮らしの動線とが交差している証拠です。
荷物は「意思を持たない存在」
興味深いのは、トラブルの多くが「人」ではなく「荷物」を起点にしている点です。
- 置き場に困ったスーツケース
- 引きずられる大型バッグ
- 一時的に置かれたままの荷物
荷物は悪意を持ちません。しかし、置かれた場所によっては、周囲に不安や緊張を生み出します。
不安が積み重なると、感情が変わる
生活者にとって、見慣れない大きな荷物は、安全面・衛生面の不安につながります。
一つ一つは小さな違和感でも、それが日常的に積み重なると、感情はやがて拒否へと変わります。
それは旅行者を嫌っているわけではありません。 「余裕が奪われている」状態なのです。
旅が歓迎されなくなる前に
日本の魅力は、
人の優しさや、秩序、安心感にあります。
もし、旅が誰かの生活を圧迫するものになってしまえば、その魅力は少しずつ失われていきます。
オーバーツーリズムとは、人が多いことではなく、「調整されていないこと」なのかもしれません。
小さな仕組みが、空気を変える
大きな制度や規制の前に、
もっと小さな視点でできることがあります。
荷物を一時的に街から離す。
それだけで、
人の流れも、街の空気も変わります。
旅と暮らしが、
無理なく交わるために。
そのための仕組みは、
これからの日本に必要とされていくはずです。
